ハイブリッド パパ 教育

毎日ワクワク!ハイブリッドパパ家族のちょっと未来を生きる自由旅

ハイブリッドパパの勘違い人生スタート


 

 

はじめまして、

家族4人で海外・日本を自由に暮らすハイブリッドパパです。
images

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009年4月

 

厳しいと言われた時代に就職活動を突破し、

大手総合商社に内定。

 

 

 

 

2010年4月

 

高給取りのイメージと、体育会系のノリに対する期待と不安を持って入社。

 

 

 

 

2010年7月

 

入社1年目の夏。。。

 

当時付き合っていた彼女との間に赤ちゃんを授かったことが発覚!

※ 現在の嫁(ハイブリッドママ)です。

 

 

 

 

2010年11月の出来ちゃった結婚をキッカケに、

 

波乱万丈なハイブリッドパパ家族の大冒険は始まりました。

 

 

 

 

そんな、

私の今日に至るまでのプロフィールを紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

 

ハイブリッドパパ誕生!

 

 

 

1986年1月

 

神奈川県横浜市にて産まれる。

生まれた瞬間、いきなり呼吸をしていない!というハプニング。

 

 

なんとか死は免れたものの、

この頃から何かと病弱で、事あるごとに親には心配をかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

主役ではない幼稚園時代

 

 

 

幼稚園に入るも、

病弱であることは変わらず、入院や手術を繰り返す。

※ 記憶は全くない。w

 

 

また、

小心者ゆえ、幼稚園でも最初は慣れず、

1人でお弁当も食べれない始末。。。

同じ幼稚園に通っていた姉のところへ行き、

特別に一緒に食べさせてもらっていた。。。らしい。

※ 記憶は全くない。

 

 

 

幼稚園も年長になると、

徐々に病弱な体質も改善。

 

 

幼稚園時代の記憶は、

断片的にあるものの1番記憶に残っているものと言えば、

お遊戯会である。

 

 

お遊戯会と言えば、

幼稚園児の文化祭。みたいなものだが、

トリのお遊戯で踊りを披露するも、超主役!ではなく、

メインイベントの2番手。というポジションに甘んじる。

 

 

 

 

 

 

 

小学校入学 ~勘違いの序章~

 

 

 

期待と不安が入り混じる中、

小学校入学。

 

 

 

小学校時代の断片的な記憶の大半は、

幼稚園の年長さんから始めた少年野球である。

 

 

 

自分から「やりたい!」と言って始めた訳ではなかったが、

物ごころついた頃には、

野球をやっていた。という感じ。

 

 

 

毎週土日は、

チームの練習。

 

平日は、1人で素振り。

 

そんな感じで、野球を当たり前にやっていた。

 

 

幼稚園時代から始めたためか、

チーム内では、かなりセンスがある方だったらしく、

下級生ながら上級生の試合に混ざって活躍をしていた。

 

 

幼いながら、

自分は将来プロ野球選手になるものだと思っていた。

 

 

つまり、

典型的な「自分を天才と思いこんでいた残念な少年である。」

 

 

 

ハイブリッドパパの育った家庭は、

特にバリバリ運動をするような家族ではなく、

むしろ、どちらかと言うと文化系。

 

 

 

そんな家族の中で、僕だけモロ体育会で育っていく。。。

 

 

ということで、

運動系は何をやらせてもそれなりに出来てしまう勘違い少年であった。

 

 

 

マラソン大会などに出場しても、

学校では1番。

市ではトップ10入り。

 

運動に関する勘違いは続く。。。

 

 

 

 

まぁ、

野球を中心とした運動以外で記憶があること。と言えば、

 

とにかく女の子にはモテた!!!

これは唯一の自慢だから載せておこう!w

 

 

 

ということで、

家族4人で海外・日本を自由に暮らすハイブリッドパパの

小学校時代までのプロフィールを簡単に書いてみました。

 

 

 

まぁ、

今振り返ってみれば、

ハイブリッドパパの"受け身"と"1位にはなれない"人生の始まりであると共に、

これがあったからこそ、今のハイブリッドファミリーがあるんだと感じます。

 

 

 

ハイブリッドパパプロフィール:第2話

 

 

 

過去   コメント:1

ハイブリッドパパLifeのスタートライン


 

振り返ってみると、

僕のたった20数年の人生も、

それなりに普通じゃないエピソードが積み重なっていた。

 

あくまでも、

振り返ったら。である。

 

その時は、

目の前の事に必死であった。

 

ということで、

ちょっぴり自慢とちょっぴり苦い思い出をシェアしよう。

 

 

 

高校・大学時代はファンクラブが!?

P1

 

 

 

実は、

中学までは野球一色であったが、

高校に入った途端、

野球とはキッパリ別れを告げ、

なぜかアメフトという競技を始めた。

 

未知のスポーツであるアメフトを

なぜ始めたのか?は今でも良く分からないが、

とにかく気付いたらアメフト部に入っていた。

 

そして、

野球の規則である坊主に別れを告げた僕の髪型は、

ライオンかのようなパーマと金色でとにかく目立たせていた。

 

そのお陰もあってか、

なぜかファンクラブが出来た。

 

アメフトの試合も多くのファンが観戦に駆けつけてくれていた。

 

勘違い人生に加速が。。。

 

 

 

 

インプット100:アウトプット1

 

P2

 

 

 

本を読めば、

僕の人生は変わるもんだと思っていた。

 

本が、

僕を賢くしてくれると思っていた。

 

何百という本を読み漁った。

 

しかし、

ほとんどと言って良いほど何も得られなかった。

 

なぜなら、

本を読み、内容をノートにまとめ終了。

 

こんなインプットばかりの読書では当然である。

 

この数百冊のインプットから得られたのは、

「本を読んで、ノートにまとめるだけだと何もかわらない。」

ということ。

 

人生を変えるには、

アウトプットを伴わせる必要がある。

 

 

 

 

英語喋れないけど商社入れた!

 

P3

 

 

商社という企業の学生のイメージは、

英語を操り、

カッコいいスーツを身にまとい、

トランクケースと英字新聞を片手に、

毎週のように海外出張を繰り返している。

 

こんなイメージだった。

 

給料が良い!という理由だけで商社を選んだ僕には、

英語は後からどうにでもなる!という変な自信だけがあった。

 

実際、

入社して相当困ったのだが、、、

 

 

 

 

 

入社3ヵ月で子供が出来た!

 

P4

 

 

社会人になる前から付き合っている彼女はいた。

 

現にそれが今の奥さんである。

 

会社の先輩方からは、

学生時代から付き合っている女とは

3ヵ月もすれば絶対に別れる。と

言われていた。

 

それがどうだろう?

蓋を開けてみれば、

3ヵ月で子供が出来てしまった!

 

先輩もビックリである!

 

もちろん僕もびっくり。

 

 

 

 

20代でサクッと退職

 

P5

 

 

子供を授かった僕は、

20代にして2児の子宝に恵まれた。

 

人生の価値観が変わった瞬間であり、

決心がついた瞬間でもあった。

 

僕は自分の人生を後悔なく生きる。

 

自分の人生は子供の最良を考えることである。

 

こんなにもマインドが変わるものか。と

驚きも多い。

 

 

 

 

タバコも風俗も未経験!

 

P6

 

 

商社業界の人間としては異常かもしれない。

 

タバコを吸ったことがない。

 

また、風俗に行ったことがない。

(※仕事上 お客さんをお連れした事はもちろんある。)

 

タバコも風俗も経験しない理由は単純である。

 

タバコは吸いたいと思ったことがない。

 

風俗は行きたいと思ったことがない。

 

大学時代は行かなくても事足りていた。

 

社会人になったら、すぐに子供が出来結婚した。

 

これだけの理由である。

今後も一生経験しないのではないかな?と思う。

 

 

 

 

 

グアムしか行った事なかった、、

 

P7

 

 

英語同様、

商社と言えば、

 

「海外の大学卒業している。」

 

「留学経験がある。」

 

こんな学生ばかりかと思っていた。

 

 

実際、

入社してみると半分以上は、

そんな状態であった。

 

僕は決して言えなかった。。。

 

自分は、

彼女とのグアムへの卒業バカンスが初めての海外で、

それ以外は行った事がないなんて。。。

(※パスポートもこの時初めて取得した。)

 

 

 

 

家族4人トランク3つで海外へ引越

 

P8

 

 

会社を退職し、

海外に家族で移り住むまで、

徹底的にモノを減らした。

 

広く大きな家を持つと、

ついそのスペースを埋めたくなる。

 

つまり、

不要なものを買い込んでしまう。

 

これは、

モノの有効活用という観点からも全くもって無意味なので、

僕たちは徹底的に減らすことにした。

 

結果、

蓋を開けてみれば、

荷物でいっぱいだった2LDKの家が、

たったのトランクケース3つ分に収まってしまったのである。

 

そして、

海外に来て数ヵ月。

 

このトランクケース3つで全く不自由なく暮らせている。

 

むしろもう少し減らせる勢いである。

 

モノを減らし、機動力を上げよう。

 

 

 

 

ハイブリッドパパのこれまでのプロフィール

 

 

 

 

 

過去   コメント:0

1 45 46 47